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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)89号 判決

東京都港区三田三丁目2番6号

原告

日本エンヂニヤー・サービス株式会社

代表者代表取締役

澤田浩二

訴訟代理人弁理士

澤木誠一

澤木紀一

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

藤文夫

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成2年審判第21020号事件について、平成6年2月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年2月10日、名称を「漏洩検知機構を有する地下タンク」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭62-27099号)が、平成2年9月28日に拒絶査定を受けたので、同年11月26日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第21020号事件として審理したうえ、平成6年2月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月28日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

液体を入れる内側タンクと、この内側タンクの外周に巻回した薄肉網シートと、この薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成した外側タンクと、前記内側及び外側タンク間の前記微小間隙に開口する導管と、この導管を介して前記間隙内に所定の圧力を印加する機構と、前記導管内の圧力変化を検知する機構とより成ることを特徴とする漏洩検知機構を有する地下タンク。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭59-134188号公報(以下「第1引用例」といい、その発明を「引用例発明1」という。)、特開昭57-77485号公報(以下「第2引用例」といい、その発明を「引用例発明2」という。)、特開昭54-108012号公報(以下「第3引用例」という。)及び実願昭47-130727号(実開昭49-86425号)のマイクロフィルム(以下「第4引用例」という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨及び第1~第4引用例の各記載事項、本願発明と引用例発明1との一致点及び相違点(1)~(3)の各認定、相違点(3)についての判断はいずれも認める。相違点(1)及び(2)についての判断は争う。

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点(1)、(2)についての各判断を誤り(取消事由1、2)、その結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点(1)、すなわち、「内側及び外側タンクの間に形成された間隙が、本願発明においては、内側タンクの外周に巻回した薄肉網シートによって形成された微小間隙であるのに対して、第1引用例に記載された発明では、薄肉網シートを備えておらず、微小な間隙か否か定かでない点」(審決書5頁9~14行)につき、「第1引用例に記載された発明における内側タンクと外側タンクの間に空間を形成すべく介在させたスペーサ手段に代えて、第2引用例に記載された網状の芯体に関する技術を採用して、内側タンクの外周に巻回した網シートによって間隙を形成することは、当業者が格別困難を伴うことなく容易に想到しうる程度のものと認められる。」(同6頁14~20行)、「第1及び第2引用例に記載された発明においては、それらの空間、流路用間隔の厚さや寸法等に関して格別記載されていないのに対し、本願発明では網シートを薄肉なものとし、間隙を微小間隙と特定しているけれども、それらの厚さや寸法をどの程度のものにするかは、当業者が必要に応じて適宜設定しうる程度の設計上の問題にすぎないものと認められる。よって、相違点(1)にかかる本願発明のような構成となした点は、当業者が第1及び第2引用例に記載された発明から容易に想到しえたものと認める。」(同7頁1~11行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

本願発明の特許請求の範囲には、上記「微小間隙」がどの程度のものであるかを特定する記載はないが、「微小間隙」というような、意味内容が一義的に定まらない不明瞭な記載については、明細書中の記載を参酌して解釈すべきであり、本願明細書中には、「前記ポリ塩化ビニリデンのシート部分が約0.2mmの空隙を伴った間隙を形成するようになる。」(甲第2号証5頁18~20行)と記載されていることからみて、本願発明における薄肉網シートによって形成される「微小間隙」は、幅が0.2mm程度のものとみるのが妥当である。

ところで、従来、内外二重タンク間に流路用間隙を形成し、漏洩を検知するようにしたものは、第1引用例に示されており、引用例発明1では、上記間隙は二重タンク間に長手方向に間隔を置いて適数のスペーサを設けることによって形成している。

このスペーサの厚さは具体的には示されていないが、一般的な間隙という概念及び具体的な作業性等を考慮すれば、数mm以上であることは容易に想像されるところである。

また、引用例発明2では、内側タンクと外側タンクとの間に間隔を形成するため上記間隔に等しい高さの網状の芯体又は連通用透孔を穿設したハニカムを上記内外タンク間に介挿しているが、このようなタンクでは、上記芯体等は、本願発明のように内側タンクの外周に巻回するものではなく、内側タンクに重ねるものである(甲第7号証1頁右下欄10~13行)。すなわち、引用例発明2の芯体等は、内側タンクの外側に配置される、上記引用例発明1のスペーサと同様のものである。そして、内外タンクの間隙にはこの間隙に沿ってパイプ5、6が配置されていることから、この間隙はパイプの外径程度すなわち数mm以上と推定できる。

このように、従来の二重タンクにおける内外タンクの間隙の幅は数mm以上のものであって、これを微小間隙ということはできない。また、本願出願当時の技術水準では、二重タンクに間隙を形成するに際し、これを幅が0.2mm程度の微小間隙とすることは技術的にも全く考えられないところであり、仮にこのような微小間隙を形成できたとしても、この上に外側タンクを重ねて形成すると、このような微小間隙は完全につぶれてしまうものと解されていた。このような技術水準において、本発明者は、種々の実験・研究の結果、0.2mm程度の薄肉網シートを単に巻回するだけで微小な間隙をつぶされることなく形成できることを見出したものであり、従来の二重タンクにおけるものと、その大きさが一桁以上も違う0.2mm程度の微小間隙とすることは、当業者が必要に応じて適宜設定しうる程度の設計上の問題とは到底いえない。

したがって、相違点(1)にかかる本願発明の構成は、当業者が引用例発明1及び2から容易に想到しえたものとはいえず、審決のこの点の判断は誤りである。

2  取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点(2)、すなわち、「外側タンクが、本願発明においては、(内側タンクの外周に巻回した)薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成しているのに対して、第1引用例に記載された発明では、どのような手段により形成されているのか定かでない点」(審決書5頁15~20行)につき、「ガラスファイバーからなる布を所定の形状に合わせて重ね、不飽和ポリエステル樹脂を塗布等によって含浸させ、そのまま硬化させる手法は、本願出願前に通常一般に採用されている周知慣用の技術である・・・。してみると、二重構造の地下タンクの外側タンクを、内側タンクの外周に巻回した網シートの外周にガラスファイバー等の布を密巻きし、不飽和ポリエステルを塗布硬化させて形成するようになすことは、当業者が、格別な創意工夫を要することなく、容易に想到しうる程度の事項であって、相違点(2)にかかる本願発明のような構成とすることは、当業者が容易に想到しうる程度のものと認められる。」(同8頁11行~9頁6行)と判断しているが、以下に述べるとおり、誤りである。

両タンクの間に微小な間隙を有するようにした二重タンクのうちの外側タンクを形成するに際し、内側タンクの外周に巻回した0.2mm程度の薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化することは、第2及び第4引用例には全く記載されていないし、周知技術からも到底考えられることではない。

すなわち、従来は、薄肉網シートの上に布を密巻きすれば当然ながら薄肉網シートはつぶされることになると解されていたが、本発明者は、種々の実験・研究の結果、網シートの網目が毛細管状となり、互いに連結された微小間隙として残り、上記薄肉網シートの外周に密巻きされた布に樹脂を塗布硬化して外側タンクを形成しても樹脂はこの毛細管内までは入り込まず、内側タンクと外側タンクとの間に微小間隔が形成されることを見出して、本願発明を得たのである。

そして、本願発明によれば、外側タンクを複数の鉄板を接合して形成しなくても良く、また、布を密巻きすることによって薄肉網シートの固定も容易であり、微小間隙と外側タンクの形成を同時に達成できる大きな利益がある。

これに対し、審決のいう周知慣用の技術の一例として挙げられた、平凡社1972年4月25日初版発行「世界大百科事典7」の「強化プラスティック」の項(甲第10号証)に記載された手法では、以下に述べるとおり、本願発明のように内側タンク上に微小間隙を介して外側タンクを形成することはできない。

〈1〉  「ガラス繊維のクロスなどに樹脂を含浸させながら平積みし、ローラーを用いて脱泡させた後硬化させる方法(ハンドレーアップ法)」は、内側タンクの外側に微小間隙を介して外側タンクを形成する方法ではなく、たとえこの方法を本願発明の外側タンク形成に用いたとしても、ローラーを用いて脱泡させたとき、樹脂が上記網シートの網目の毛細管内に完全に入り込み、所望の間隙は得られない。

〈2〉  「細断したガラス繊維のロービングと樹脂を同時に吹き付け、ローラーを用いて脱泡させた後硬化させる方法(スプレーアップ法)」でも同じく所望の間隙は全く得られない。

〈3〉  「細断したガラス繊維のロービングを型に入れ、加熱加圧して硬化させる方法(マッチダイ法)」では、型を用いるものであるから、外側タンクの形成そのものに採用できない。

〈4〉  「ガラス繊維を樹脂液に通過させながらマンドレルに巻きつけた後加熱硬化させる方法(フィラメント・ワインデング法)」では、布を密巻きするものではなく、繊維を一本づつ巻くもので、上記と同様間隙が形成される余地は全くない。

〈5〉  「ガラス繊維と樹脂を混練し、圧縮成形する方法(プレミックス法)」も、同様にして間隙は全く形成されない。

よって、第2及び第4引用例記載の二重構造の地下タンクの外側タンクを強化プラスチック(F.R.P)で形成する技術及び上記周知の技術を適用しても、本願発明を得ることは、当業者が容易に想到しうるものではない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願発明の要旨には、「この内側タンクの外周に巻回した薄肉網シート」及び「前記内側及び外側タンク間の前記微小間隙に」と示されているのであって、間隙を微小間隙、網シートを薄肉網シートと表現しているけれども、これらの「微小」や「薄肉」は、大きさ、厚さ、寸法の相対的な程度を示すものであり、それらを数値的に特定するものではない。すなわち、本願発明においては、微小間隙や薄肉網シートを0.2mmの間隙や0.2mmの薄肉網シートと特定するものでもなく、ましてや微小間隙や薄肉網シート等が0.2mm程度のものに限定されるものでないことは明らかである。

また、「微小」は、「広辞苑(第3版)」の2018頁(乙第10号証の2)にも、「きわめて小さいこと。また、そのもの」と説明されているところであって、この「微小間隙」は「きわめて小さい間隙」、すなわち、間隙の程度がきわめて小さい間隙を意味することは、当業者であれば、直ちに一義的に理解できるところであって、そこに何ら不明瞭な点はない。

原告の主張するところは、一実施例に基づくものにすぎず、失当である。

引用例発明1におけるスペーサあるいは内外両タンク間の空間については、その具体的な厚さや寸法は格別記載されておらず、したがって、これが数mm以上であるとか、数mm以上であったと容易に想像される等の原告の主張は、格別根拠のある主張ではない。

また、原告は、引用例発明2の網状の芯体は内側タンクに重ねるものであって、内側タンクに巻回するものではないと主張するが、網状の芯体は、そのドラム体の外周に重ねられているところであって、内側タンクの外周に巻回されているといえるものである。

そして、二重タンクの内外両タンクの間隙を小さくしようとする考え方は、本願出願前に頒布された刊行物である特開昭59-142984号公報(乙第1号証)にも記載されているところである。

いずれにしろ、引用例発明1のスペーサや引用例発明2の網状の芯体、さらに本願発明の薄肉網シートもすべて、内外両タンク間に微小な間隔を形成するものである点では軌を一にするものである。

したがって、原告の主張は失当である。

2  取消事由2について

審決において、周知慣用の技術の一例として挙げた平凡社「世界大百科事典7」(甲第10号証)には、強化プラスチックの成形手法として種々の手法が記載されているところであるが、審決は、強化プラスチックにおいて周知慣用の成形手法、すなわち、(ガラスファイバーからなる)布を所定の形状に合わせて重ね、(不飽和ポリエステル樹脂等の)樹脂を塗布等によって含浸させそのまま硬化させる成形手法を用いて、第2引用例に記載されたような二重構造の強化プラスチック製の外側タンクを形成することは、当業者が格別な創意工夫を要することなく容易に想到しうる程度の事項であると認定判断しているのであって、上記辞典に記載された成形手法をそのまま用いて本願発明の外側タンクが得られるとしているのでないことは、審決の記載からみて明らかである。

そして、ガラスファイバーからなる布を所定の形状に合わせて重ね、不飽和ポリエステル樹脂を塗布等によって含浸させそのまま硬化させる手法が、本願出願前に通常一般に採用されている周知慣用の技術であることは、本願出願前に公開若しくは公告された各特許公報、国際公開されたパンフレット(乙第2~第6号証)からも明らかである。

したがって、原告の主張は理由がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点(1)の判断の誤り)について

本願発明の要旨が前示のとおりであることは、当事者間に争いがなく、そこには、内外タンク間の「微小間隙」に関しては、「この内側タンクの外周に巻回した薄肉網シートと、この薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成した外側タンクと、前記内側及び外側タンク間の前記微小間隙に開口する導管と」とあるのみで、これらの微小間隙や薄肉網シートについては、その大きさ、厚さ、寸法を数値的に特定していない。

本願明細書(甲第2~第5号証)の発明の詳細な説明の記載に照らしても、「微小間隙」や「薄肉網シート」の幅や厚さについての定義は何らされていないことが認められ、その実施例の記載においても、「例えば内径約2m、長さ約6m、厚さ約6mmの円筒状スチール製内側タンク1の外周に例えば厚さ0.2mmの・・・ポリ塩化ビニリデン等の網シートを間歇的に又は密巻きする。又前記外側タンク3を形成するには前記網シートの上にガラスファイバー等の布を密巻きし、この上に不飽和ポリエステルを塗布して自然硬化せしめる。このようにすれば前記ガラスファイバーに不飽和ポリエステルが浸透しこれらが自然硬化して外側タンク3を形成し、且つ前記ポリ塩化ビニリデンのシート部分が約0.2mmの空隙を伴った間隙を形成するようになる。」(甲第2号証4頁10行~5頁20行、甲第3号証補正の内容(2)、甲第4号証補正の内容(2)〈2〉、甲第5号証補正の内容(2)〈2〉)として、本願発明の薄肉網シートの厚さは、「例えば」0.2mmのポリ塩化ビニリデン等の網シートで足りること、形成された間隙が約0.2mmのものであることをいうのみであって、この実施例の記載から、間隙が0.2mm程度のものに限定され、数mmであることを排除する趣旨であるとは、到底解することができない。

また、内側及び外側タンク間にこのような間隙を設ける技術的意義は、本願明細書の「導管4を介し前記間隙2内のガス圧を印加せしめるようにし、この導管4内及び前記内側タンク1内の圧力変化を夫々検知する機構(図示せず)を設ける。」(甲第5号証3頁1~4行)との記載の示すとおり、導管と連通して圧力変化を検知するために必要な加圧流体を保持するためであると認められるから、その検知精度を維持するために、タンク容量との関係で必要な限度で微小であれば足りることは明らかであり、これが原告主張のような0.2mm程度のものに限定されることの理由は、本願発明の目的、技術内容に照らしても存在しない。原告の取消事由1の主張は、すでにその前提において失当である。

そして、第2引用例に、審決認定のとおり、「F.R.Pなどの合成樹脂材又は耐蝕性を有する金属材を素材としてなるドラム体の胴部と側板を網状の芯体を中心に内側板と外側板を重ねた2重構造とし、その両板間に流路用間隔を形成して、・・・漏洩を確認、検知することができるようになした地下タンク」(審決書3頁9~18行)が記載されていることは、当事者間に争いがなく、第2引用例(甲第7号証)の「この芯体4が網状であるから上下左右に連通し、かつ、この網状体の厚さ40が間隙20の寸法となる」(同号証2頁左上欄10~12行)との記載と図面の示すところによれば、引用例発明2における網状の芯体は、内側タンクと外側タンクの間に設けられて、両タンク間の間隙を形成していることが明らかである。

したがって、引用例発明2の網状の芯体に関する技術を採用して、内側タンクの外周に巻回した網シートによって間隙を形成することは、当業者が格別困難を伴うことなく容易に想到しうる程度のことであり、また、網状シートにどの程度の厚さのものを採用して、内外両タンクの間隙をどの程度とするかは、前示の間隙を設けることの技術的意義からも、当業者が必要に応じて適宜設定しうる程度のことであることは明らかである。

相違点(1)についての審決の判断は正当であり、原告主張の誤りはない。

2  取消事由2(相違点(2)の判断の誤り)について

本願発明の要旨に示す相違点(2)に係る構成、すなわち、「(内側タンクの外周に巻回した)薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成した外側タンク」につき、本願明細書の発明の詳細な説明には、「外側タンク3を形成するには前記網シートの上にガラスファイバー等の布を密巻きし、この上に不飽和ポリエステルを塗布して自然硬化せしめる。」(甲第2号証5頁13~15行、甲第4号証補正の内容(2)〈2〉)と記載されている。

そして、平凡社1972年4月25日初版発行「世界大百科事典7」の「強化プラスティック」の項(甲第10号証)に記載されているとおり、一般にF.R.Pと呼ばれている強化プラスチックは、「ガラス繊維を補強材とし、これに不飽和ポリエステル樹脂を含浸させたもの」を代表的なものとするのであるから、上記のように形成された本願発明の外側タンクが強化プラスチック材よりなるものを包含するというべきことは、明らかである。

一方、審決認定のとおり、第2引用例に、地下タンクの二重構造のタンクの素材として、F.R.Pなどの合成樹脂材を用いることが記載され(審決書3頁9~12行)、第4引用例に、二重殻構造の地下タンクの外殻皮膜として強化プラスチックを用いた点が記載されている(審決書4頁10~13行)ことは、当事者間に争いがない。

したがって、審決が、「地下タンクの二重構造の外側タンクを強化プラスチック(F.R.P)で形成することは本願出願前に公知の事項である。」とした点に誤りはなく、この公知の事項を引用例発明1に適用し、本願発明の外側タンクの構成とすることは、当業者が容易に想到できる程度のことであることは明らかである。

原告は、審決が周知慣用の技術の一例として挙げた上記百科事典に記載された手法では、本願発明のように内側タンク上に0.2mm程度の微小間隙を介して外側タンクを形成することはできないと主張する。

しかし、本願発明の要旨の示すところは、前示のとおり、微小間隙が0.2mm程度のものに限定されず、かつ、外側タンクが強化プラスチック材を用いることを包含し、それ以上に特段の技術的手段を規定するものでないことは明らかであるから、原告の上記主張は、本願発明の要旨に基づかない主張として採用の限りではない。

上記の事実に照らすと、本願発明の効果も、各引用例から予測できる効果であって、格別のものとはいえないことが明らかである。

したがって、取消事由2も理由がない。

3  以上によれば、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、他に審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成2年審判第21020号

審決

東京都港区三田3丁目2番6号

請求人 日本エンヂニヤー・サービス株式会社

東京都港区虎ノ門1丁目18番1号 第10森ビル8階

代理人弁理士 澤木誠一

昭和62年特許願第27099号「漏洩検知機構を有する地下タンク」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年8月23日出願公開、特開昭63-203582)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和62年2月10日の出願であって、その発明の要旨は、補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの次のものにあると認める。

「液体を入れる内側タンクと、この内側タンクの外周に巻回した薄肉網シートと、この薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成した外側タンクと、前記内側及び外側タンク間の前記微小間隙に開口する導管と、この導管を介して前記間隙内に所定の圧力を印加する機構と、前記導管内の圧力変化を検知する機構とより成ることを特徴とする漏洩検知機構を有する地下タンク。」

これに対し、当審における拒絶の理由に引用された本願出願前に国内において頒布された特開昭59-134188号公報(以下、「第1引用例」という。)には、液体を貯蔵する内側タンクと、内側タンクの外側に空間をおいて形成した外側タンクと、内側タンクと外側タンクの間に空間を形成するために介在させた適数のスペーサと、内側及び外側タンクの上部外面から内外タンクの間の空間の下部に達し空間に開口する直管を設け、この直管を用いてタンクの破損等による漏洩を検査する手段を備えた地下2重タンクが記載され、同じく当審における拒絶の理由に引用された本願出願前に国内において頒布された特開昭57-77485号公報(以下、「第2引用例」という。)には、F.R.Pなどの合成樹脂材又は耐蝕性を有する金属材を素材としてなるドラム体の胴部と側板を網状の芯体を中心に内側板と外側板を重ねた2重構造とし、その両板間に流路用間隔を形成して、タンクの上部外面から流路用間隔を通ってタンクの底部に達してその間隔に開口する吸上点検パイプを設けてなり、流路用間隔に漏出あるいは浸透した漏出油や浸透水を吸上点検パイプを介して吸引することにより漏洩を確認、検知することができるようになした地下タンクが記載され、同じく当審における拒絶の理由に引用された本願出願前に国内において頒布された特開昭54-108012号公報(以下、「第3引用例」という。)には、二重壁構造のタンクにおいて、内壁と外壁との間隙内に所定の圧力を印加する加圧系と、間隙内に連設した排出管を介して間隙内の圧力変化を検出する手段とを設けて、タンクの漏洩を検知するようになしたタンクが記載され、同じく当審における拒絶の理由に引用された本願出願前に国内において頒布された実願昭47-130727号(実開昭49-86425号)のマイクロフィルム(以下、「第4引用例」という。)には、金属製又はプラスチック製の地下タンクを、間隙を介在させ、強化プラスチック皮膜で密封して二重殻構造とし、タンクの外殻皮膜に2個以上の検知管を取付けて、タンクの漏洩検知を容易にした二重殻地下タンクが記載されている。

そこで、本願発明と第1引用例に記載された発明とを対比すると、第1引用例に記載された発明における「地下2重タンク」、「空間」及び「直管」はそれぞれ本願第1発明の「地下タンク」、「間隙」及び「導管」に相当するから、両発明は、「液体を入れる内側タンクと、この内側タンクを包囲する外側タンクと、これらの内側及び外側タンク間に形成された間隙と、内側及び外側タンク間の間隙に開口する導管と、この導管を用いてタンクの破損等による漏洩を検査する手段とよりなる漏洩検知機構を有する地下タンク。」である点で一致し、次の(1)乃至(3)の3点で相違する。

(1)内側及び外側タンクの間に形成された間隙が、本願発明においては、内側タンクの外周に巻回した薄肉網シートによって形成された微小間隙であるのに対して、第1引用例に記載された発明では、薄肉網シートを備えておらず、微小な間隙か否か定かでない点。

(2)外側タンクが、本願発明においては、(内側タンクの外周に巻回した)薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成しているのに対して、第1引用例に記載された発明では、どのような手段により形成されているのか定かでない点。

(3)導管を用いてタンクの破損等による漏洩を検査する手段が、本願発明においては、導管を介して間隙内に所定の圧力を印加する機構と、導管内の圧力変化を検知する機構とを備えているのに対して、第1引用例に記載された発明では、そのような機構を備えていない点。

次に、これらの相違点について検討するに、相違点(1)についてみると、第2引用例に、漏洩検知手段を備えた2重構造の地下タンクにあって、内側タンクと外側タンクに相当する内側板と外側板との間に流路用間隔を形成すべく網状の芯体を介在させた点が記載されているところであって、第1引用例に記載された発明における内側タンクと外側タンクの間に空間を形成すべく介在させたスペーサ手段に代えて、第2引用例に記載された網状の芯体に関する技術を採用して、内側タンクの外周に巻回した網シートによって間隙を形成することは、当業者が格別困難を伴なうことなく容易に想到しうる程度のものと認められる。また、第1及び第2引用例に記載された発明においては、それらの空間、流路用間隔の厚さや寸法等に関して格別記載されていないのに対し、本願発明では網シートを薄肉なものとし、間隙を微小間隙と特定しているけれども、それらの厚さや寸法をどの程度のものにするかは、当業者が必要に応じて適宜設定しうる程度の設計上の問題にすぎないものと認められる。よって、相違点(1)にかかる本願発明のような構成となした点は、当業者が第1及び第2引用例に記載された発明から容易に想到しえたものと認める。

相違点(2)についてみるに、本願発明においては、外側タンクを強化プラスチックで形成する旨の特定はなされていないけれども、本願の発明の詳細な説明の欄には、(内側タンクの外周に巻回した)網シートの上にガラスファイバー等の布を密巻きし、不飽和ポリエステルを塗布して自然硬化せしめ、ガラスファイバーに不飽和ポリエステルが浸透しこれらが自然硬化して外側タンクを形成する旨記載されており、本願発明は強化プラスチック製の外側タンクを包含することは明らかである。ところで、第2引用例には、地下タンクの2重構造のタンクの素材として、F.R.Pなどの合成樹脂材を用いうる点が記載され、また第4引用例には二重殻構造の地下タンクの外殻皮膜として強化プラスチックを用いた点が記載されているところからみて、地下タンクの二重構造の外側タンクを強化プラスチック(F.R.P)で形成することは本願出願前に公知の事項である。そして、強化プラスチックの成形手法としては種々の手法が知られているところであり、ガラスファイバーからなる布を所定の形状に合わせて重ね、不飽和ポリエステル樹脂を塗布等によって含浸させ、そのまま硬化させる手法は、本願出願前に通常一般に採用されている周知慣用の技術である(必要ならば、例えば、平凡社「世界大百科事典7」〈1972年4月25日初版発行、1976年印刷〉第429頁第3欄「強化プラスチック」の項参照)。してみると、二重構造の地下タンクの外側タンクを、内側タンクの外周に巻回した網シートの外周にガラスファイバー等の布を密巻きし、不飽和ポリエステルを塗布硬化させて形成するようになすことは、当業者が、格別な創意工夫を要することなく、容易に想到しうる程度の事項であって、相違点(2)にかかる本願発明のような構成とすることは、当業者が容易に想到しうる程度のものと認められる。

相違点(3)についてみるに、2重タンクの破損等による漏洩検知手段として、内外タンクの空間を加圧して圧力の変化をしらべることは、第1引用例に従来技術として記載(公報第1頁下右欄17乃至19行参照)されており、また第3引用例には、二重壁構造のタンクにおいて、内壁と外壁との間隙内に所定の圧力を印加する加圧系と、間隙内に連設した排出管を介して間隙内の圧力変化を検出する手段とを設けて、タンクの漏洩を検知するようになしたタンクが記載されているところであって、この種の技術を、第1引用例に記載された発明におけるタンクの破損等による漏洩を検査する手段に代えて採用し、相違点(3)にかかる本願発明のような構成、即ち導管を介して間隙内に所定の圧力を印加する機構と導管内の圧力変化を検知する機構とからなる検査手段、とすることは、当業者が容易に想到しうる程度の事項である。

そして、本願発明は全体構成でみても第1乃至第4引用例に記載された発明から予測できる作用効果の総和以上の顕著な作用効果を奏するものとは認められない。

したがって、本願発明は、第1乃至第4引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年2月21日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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